Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
夏が来れば思い出す…と歌の文句ではないけれど、夏の盛りになれば必ずほぼ毎日のように繰り返し聴く夏の定番曲がいくつもあってそれでプレイリストを組んで一夏中そればかり聴き続けたりしているのですが、その中でも取り分け絶対に外せない曲が2曲あります。1つはViva Brazilの「Skindo-le-le」、もう一つが今回のお題でもあるMichel Fugain & Le Big Bazarの「愛の歴史」です。どれくらい好きかというとこの両曲についてはありとあらゆるカバー曲を集めていきたいと思うほど…いや、それどころかいつか「僕が考える最強のカバー」を7インチで作ってみたい、それくらいの思いがあったりします。「Skindo-le-le」は今のところまあA Bossa Elétricaのカバーが一つの完成形かもとは思うんだけど(7インチがあればなあ~)、意外に宮村優子のバージョンもお気に入りだったり。。
話を戻して、そう「愛の歴史」。72年にミッシェル・フュガン&ビッグバザールの1stシングルとしてリリースされて大ヒットしたこの曲は、言うまでもないですが78年のサーカスの「Mr.サマータイム」の原曲でもあります。僕は子供の頃にこのサーカスの「Mr.サマータイム」がとにかく大好きで、ずっと後になってミッシェル・フュガンのオリジナルを聴きさらにこの曲への想いを深めることになったわけです。夏が来ると「Mr.サマータイム」および「愛の歴史」をヘビロテしてしまうのはヒットしていた頃が夏の盛りだったからでしょう。
そんなわけで「愛の歴史」が大好きになってありとあらゆるカバーを聴いたり集めたりしてる訳ですがここではそんな中で気になったカバーをいくつか紹介しましょう。
1 Une Belle Histoire / Michel Fugain & Le Big Bazar(1973)
まずは聖典としての原曲。ビッグバザールによるオリジナルです。
2 Une Belle Histoire / Jacques Salvail(1973)
カナダのシンガーソングライター、ジャック・サルヴァイユによるバージョンです。定番的かつ模範的なアレンジで、非常に端正な仕上がりになっています。アレンジはJacques Crevierによるものです。
3 Une Belle Histoire / Ellen Ten Damme(2019)
オランダの俳優・シンガーソングライター、エレン・テン・ダムによるこのカバーは、イントロのジャズコーラスが素敵です。このカバーの特徴は、イントロだけでなく全編を通してセンスの良いハーモニーが寄り添っているところです。
4 Une Belle Histoire / Eva sur Seine(2014)
Eva sur Seineはジャズシンガーのエヴァ・スホルテンとトーマス・バッガーマン・トリオのコラボレーションです。ここでは、「愛の歴史」の珍しいジプシージャズ風カバーを楽しめます。哀愁のあるメロディーとジプシージャズの編成が見事に調和しています。エヴァ・スホルテンのスキャットで導かれるイントロから、リラックスした歌唱と演奏が洒落た雰囲気を醸し出しています。
5 Une Belle Histoire / Caravelli(1972)
「愛の歴史」の大ヒットを受け、数多くのイージーリスニングカバーが存在しますが、中でも特に気になったのがこのカラヴェリストリングスによるバージョンです。伊集加代さんを思わせるスキャットがメロディーをなぞりシンガーズスリーのようなコーラスが全編で楽しめます。
6 Mr.サマータイム / サーカス
Mr.サマータイムの初出原曲(というのもおかしな言い方かもしれませんが)。洒脱の極みのようなコーラスアレンジは当時アルファでサーカスの担当ディレクターだった有賀恒夫氏によるもの。有賀さんがどのようにサーカスのデビューに関わったのか詳細を語っているインタビュー記事があるのでリンクを貼っておきます。
思えばサーカスのコーラスを指導していたのは元・デュークエイセスの和田昭治さんで、和田さんと言えばステージ101のレギュラーとしてヤング101の指導役もされていた方でした。ル・ビッグバザールの当時の映像を見るとこれがもうステージ101としかいいようなないファッションと振り付けなんですよね。おそらくどちらもイメージの原点はミュージカル「Hair」なのだろうと思うのですが。
7 Mr.サマータイム / 敏いとうとハッピー&ブルー(1978)
最後に変わり種として、敏いとうとハッピー&ブルーによるカバーを紹介します(公式に配信されていないため、YouTubeでご自身で検索してみてください)。原曲に忠実なアレンジですが、メインボーカルの泣きはムードコーラスならではの味わいがありますが、コーラスアレンジは少し洗練さに欠けるかもしれません。
というわけで色々と興味深いカバーの数々なのですが、さてここからが本題なのですが、この「Mr.サマータイム」と「愛の歴史」が僕にはどうしても同じ曲に聴こえないんです。同じメロディーであることを頭で理解していても体がついていかないというか、違う曲として反応しちゃうんですよね。その理由を考えよう…というのが今回のテーマです。
なぜ違って聴こえてしまうのか…、まず一つ目の理由は歌詞が作り出すメロディーが違うということ。僕は作詞というのはある意味作曲でもあると思っていて、作曲家が提示したメロディーをどんな枠にはめて完成品に仕上げるか、その権利を持っているのが作詞家だと思っています。載せる言葉によってメロディーは明らかに変わってしまいます。作曲家が描いたメロディーの流れをどの音節で区切るか、何について歌うのか…それによって歌というものははじめて形を与えられるものだと思っています。フランス語が作り出すリズム感と日本語のリズム感は全く別物なんですよね。わかりやすい具体例としてサーカス自身がフランス語で「愛の歴史」をカバーした映像が残っています。これも権利関係でここにリンクを貼ることはできないので興味を持たれた方は独自に検索して頂きたいのですが、果たして結果はどうだったか…サーカスが歌っても「愛の歴史」だったんですよね。「Mr.サマータイム」のメロディーのリズム感は全く立ち現れては来ませんでした。いや、おまえは何を言ってるのだ…と多くの方が呆れられるかもしれませんが(笑)。
次に考えられるのは、編曲の違いです。これはより具体的に違いが確認できます。「愛の歴史」はアコースティックギターを基軸としたフォークロックスタイルであるのに対し、「Mr.サマータイム」はファンキーなミッドテンポのグルーブを持つAORスタイルとして制作されています。1980年代にミッシェル・フュガンが「愛の歴史」をステージで披露している映像では、アコースティックギターがエレクトリックピアノに置き換えられ、同様のミッドテンポのファンク調にリアレンジされていましたが、確かにこのアレンジだと「Mr.サマータイム」に近づきます。ただ、もう一つ最後の決め手が欠けている。それは何か。ブラスのアレンジ、特にサビのボーカルラインに対してオブリガード的に入ってくるブラスのリフが「Mr.サマータイム」は半音下からクロマチックにラ→シ♭と動いている。これです!。あらゆるカバーを聞いてみてもここでのブラスの合いの手をこのクロマチックな動きでやっているのは「Mr.サマータイム」ただ1曲だけなのです。たったこれだけのオリジンなアイデア一つである意味「愛の歴史」は全然違う別の曲に書き換えられてしまったと言っても過言ではないでしょう!すごい、こんなアレンジを思いつく編曲家は一体だれなのだろう?盤面のクレジットを見る。そこには燦然と輝く前田憲男のクレジットが。ああ、さすがは前田先生!!もちろん、このブラスアレンジだけでなく、「Mr.サマータイム」の管弦アレンジ全体が豪奢で芳醇なもので、こんなにゴージャスなアレンジが歌謡曲として消費されていた時代は本当に豊かだったんだなあと思います。
さて、この「Mr.サマータイム」ですが、アルファレコード立ち上げの第1弾シングルなのです。制作時期的には77年の12月Recとのことで細野晴臣さんの「はらいそ(77年12月Rec)」とほぼ同時進行、村井邦彦さんのテーブルの上でこの二つが並んでいたのが個人的には感じ入るところが大きい話です。12月のレコーディングを終えるとほぼ同時に化粧品のCMの打ち合わせが入るということはアルファレコードがそこまでレールを敷いてサーカスを売り出そうと企画していたのは想像に難くなく、アルファレコードが会社としてどういう路線で売り出そうとしていたのか伺い知ることができる部分だと思います。その当時の僕には細野晴臣の名前は全く認知していませんでしたが、この「Mr.サマータイム」にがっつりハマってしまったのはこの時点ですでに村井さんの術中に嵌っていた…という訳ですね。自分はどこから来てどこへ向かうのか、一体音楽家としてどういう道を歩むべき存在なのか…なんていうと大袈裟ですが、少なくともブレずにここまで来れたのかもしれないな…とは思います。
最後に「Mr.サマータイム」制作秘話というか裏話を時系列を正確に追いながらメンバー自身が回顧しているサーカスのオフィシャル動画のリンクを貼っておきます。アルファにとってサーカスはどういう位置付けだったのか、村井さんがどういうディレクションをされてたのか…とても興味深いエピソードが語られています。