Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
ミュージシャンやアーティストのインタビューでたまに見かける「親がビートルズのファンだったので子供の頃からビートルズを聴いて育ちました」という言葉にわたしはずっと憧れていた。"良質なポップスと触れ合える環境に幼い頃から身を置いていた"と端的に言い表せるこの言葉を、出来ることなら、わたしも使ってみたかったのだ。
…いいなあ、うらやましいなあ。おれもビートルズを聴いて育ちたかったなあ。
実際のところ、幼い頃のわたしが暮らしていたのは東京都大田区にある社宅の一室で、仕事から帰ってきた父親が聴く音楽はもっぱら当時の流行歌だった。その中でも特に印象に残っているのは河島英五さんの曲だろうか。「飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで」。サントリーの角瓶を水割りにして飲んでいる父親の後ろ姿とこの曲の染み入るようなメロディは、幼児期における原体験的な記憶として今も心のフォルダに収められている。
そんな父親も数年前に定年退職し、近頃は母親と連れ立って様々なコンサートやライブへと足を運んでいるらしい。「へえ、そうなんだ」と思いつつ、最近はその話題自体をすっかり忘れていたのだが、少し前、父親からこんなLINEが届いてちょっと驚いてしまった。
「さっき渡辺香津美さんのライブを観てきました!久しぶりにクロスオーバージャズを聴いたよー!楽しかった(サムズアップ)」
「渡辺香津美さんのライブを観てきました」?
「久しぶりにクロスオーバージャズを聴いた」?
「久しぶり?ちょっと待て、お前そんな音楽なんて一切聴いてなかったやんけ!」…幼い頃の記憶にある父親像とLINEで送られてきたクロスオーバージャズというワードがまるで一致せず困惑する息子。渡辺香津美か。河島英五ではなく…
しかし、"フュージョン"という言葉を使わずに"クロスオーバージャズ"という言葉を選択しているあたりは父親の世代感とも合致するので、どうやら適当な話をしているわけでもないようだ。どういうことなのか。
改めて父親に話を聞いてみると、わたしが生まれる前のわが家には、そこそこの数のジャズやクラシックのレコード、そしてカセットテープがあったのだそう。「若い頃はそういった音楽が好きでよく聴いていた」とは父親の弁。しかし、その後、わたしが生まれた頃に「置き場所がないから」という理由でレコードについてはすべて処分してしまったのだという。なんともったいない。
では、レコードは仕方がないとして、残ったカセットテープはどうなったのだろう。「カセットはどうしたの?捨てたの?」と聞くと「カセットは、ほら、功一が…」と言う。わたしが?わたしがどうした?……あ、思い出しました。わたしが2歳くらいの頃、カセットの中の磁気テープを引っ張り出して自分の体にグルグルと巻き付けるという"遊び"がわたしの中で大流行し、家中のカセットテープをダメにしてしまったことがあった、ような、気がする。お父さん、その節は本当に申し訳ありませんでした…
今回のやり取りで気がついたことは、今まで父親と音楽の話をほとんどしてこなかったということだ。なんだかこれは良い機会になりそうな予感がするので、そのうちサントリーの角瓶を手土産に実家まで彼の話を聞きに行こうかと思っている。最終的に「河島英五、最高だよな」ということになるのかもしれないが、まあ、それはそれとして。