Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
NETFLIXで長年お世話になった Better Call Saul がついに終わってしまった。
Breaking Badのスピンオフ作品で、実はスピンオフの方から先に観始めてしまい、途中から本編を観たのだが、いやー凄かった。全124話もあり、膨大な時間がかかりますが、ロックダウン中は、本当にお世話になった作品。絶対オススメします。でも今回はその話ではなく、8月5日にミラノで行ったライブの話です。
1月に MMT といういつもお世話になっている電子音楽のコンサートを企画する団体から、20年前に他界したピエトロ・グロッシというイタリア電子音楽界のパイオニア的な作曲家をテーマに、一人で好きにライブをやれというお題を頂いた。正直、彼のことは全く知らなくて、年明けから作品を聴き続けていたが、リスナー的に聴いてもあまりピンとこなかったのが第一印象だった。たまたま友人から譲り受けた1972年の2枚組LP「computer music」に詳細な説明が書いてあって、最初聴いた時は退屈に思ったが、調べるにつれ、その面白さが判り始めた。やっぱサブスクで聞くのはインフォメーションが無いのでライナーノーツは必要だと思う。どこのスタジオで、どんな機材で、何をやってるのか、みたいな事はサブスクではわからない。文字情報だし、そこを充実してほしい。自分が作品を発表する際に、そういう情報は別のサイトに載せるしかないのかな。itunesの一部でジャケとライナーノーツもDL出来るのはあったけどサブスクではないのかな?歌詞を表示する替わりに、楽曲説明を載せるとかできるのかしらん?
Pietro Grossi。1917年、ヴェネチア生まれ。チェロと作曲を勉強した彼は、19歳!でフィレンツェのマッジョ ムジカーレ管弦楽団の第一チェリストの座を得る。その後、30年に渡り、チェリストとしてのキャリアを築いた。そんな彼が、50年代から電子音楽に興味を抱き、オーケストラでの仕事とは別に、様々な音実験を行っていた。63年には、フィレンツェの音楽院にイタリア初の電子音楽を扱う学科を設立し、それ以降、電子音楽家としてのキャリアが開花し、チェリストとしてのキャリアは完全に封印した。
電子音楽の歴史そのものは、1920年代から始まっているが、グロッシの革新性は何なのか。60年代の作品では、EMSのSYNTHIと、複数のオシレーター、リングモジュレーターなどを使用していたが、コンピューターのシステムに移行した後は、音色も含め、全てプログラミング出来るソフトまで開発していた。我々作家が日々使用しているDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)の先駆者の一人とも言える。
ここでいうコンピューターとは、IBM System/360 という60年代半ばに発表されたIBMの大ヒット製品で、イタリアでもピサの国立電子計算センターに設置されており、そこでグロッシは、日々、打ち込みに精を出していた。
パガニーニの速いパッセージの曲を丸々打ち込んで人間では不可能な速度で正確に演奏出来るというカタルシスなのか、30年間、チェロ弾きとして世界で活躍していた名演奏家がそのキャリアを捨てて打ち込みの世界に入り、ヤニス・クセナキスとピサとパリを電話回線で繋いでデータをやり取りし、リアルタイムでテレマティックコンサートを行ったり、80年代半ばに入ると Homeart と名付けられたコンピューターグラフィックによる画像を自動生成するソフトを開発し、itunesについているヴィジュアライザの元祖とも言える、匿名性の高いアート作品の制作、作品のシェア、クリエイティブコモンズや、ストリーミングライブの先駆けを半世紀前から行っている。
さて、この人をテーマに何が出来るのか?良くわからないものはまず、完コピしてみると見えてくる世界があると思うので、グロッシがやったように(と言っても機材もプロセスも全く違うが)パガニーニやバッハの楽曲をMIDIデータにして、そのデータをひっくり返したり、50倍速にしたりという、当時グロッシがやっていた事をやってみて、それを彼曰く、”世界で最も醜い音である矩形波”で鳴らすために、Roland TB-303, Novation BassStation, Behringer TD-3というアナログベースシンセサイザー3台をシンクして鳴らすということをやってみた。余談だが、TD-3は素晴らしい。USBも使えるし、CV/Gate outが付いているので、CV/Gate in改造してあるTB-303につなぐと、Midi-CV/Gateコンバーターとしても使える。孫がお爺ちゃんの手を引くように、TD-3とTB-303が仲良くユニゾンで鳴るのが楽しい。それがたったの99ユーロ。お薦めです。本家TB-303にはない、ランダムプログラム入力も面白い。
グロッシの時代はコンピューターで打ち込んだデータを素早く鳴らすためには、矩形波しか選択できなかったようで、この懐かしい響きは、そう80年代前半に相当お小遣いをつぎ込んだアーケードゲームのゼビウスを思い出す。
この曲 なんかは特に。
彼は音そのものよりもプロセスに興味があったといえる。
ライブの1曲目は、グロッシがそのプロセスの説明をしている曲「dimostrazione al terminale」をそのまま使って、彼が実演している部分だけを自分で制作したデータに置き換えて、演奏することにした。バッハの前奏曲を303でビコビコ鳴らしてみたい という悪ノリな部分も大きい。
2曲目は、彼が60年代に行っていたミュージック・コンクレート的な、花瓶の割れる音と、ラジオのコマーシャル、オペラの録音の早回し、クラシックのピアノ演奏などの断片をコラージュしたSketchという曲のアイデアを拝借し、舞台上でラジオで放送を受信して、音の断片を切り取って、さらに、「unending music」からもその断片を即興的にサンプリング&コラージュ、完コピの次はリミックスという流れ。unending music。音楽は始まりと終わりがある時間の芸術だが、その概念も取り払おうという考え方にも共感する。
音楽的には、コンピューターを導入する前の1967年のアルバム、「Elettrogreca」あたりが聴きやすいだろう。このアルバムの1曲目を聴いて驚いたのが、自分が好きでよく使うソレラミシという音の並びそのもので、これと合奏したいと思い、テルミンで合奏。リミックスの次はバーチャル共演。
締めは、年末のこのコラム でも触れた、手回しオルゴール(オルガニート)を使って、演奏したものをループして、アナログベースアンサンブルで、Acidセッション。当時のコンピューターのデータはパンチカードを使っていたので、(磁気テープもあったが、パンチカードも併用されていた)コンピューターのパンチカードと、オルガニート用のパンチカードって似てるというか、同じものと言っても過言ではないだろう。実際、オルガニートも演奏内容をパンチカードに記録しているわけで、用途は一緒。以上ピエトロ・グロッシやってみた、でした。