Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
このコラムでは毎回、制作環境がソフトウエアベースに置き換わっても手放すことなく、手元に残っている機材を紹介していますが、その4回目となる今回は、MU-TRON III+を紹介したいと思います。
MU-TRON IIIは、Pファンクのベーシスト、ブーツィー・コリンズが使用していることでも有名なエンベロープフィルターですが、MU-TRON III+は90年代に発売されたそのリイシューモデルです。エンベロープフィルターとは、入力された音源の音量によって自動的にフィルターを開閉させるエフェクターで、MU-TRON IIIはその中でも独特のアクの強い粘りのある効果が特徴です。過去には色々と所有していたコンパクトエフェクターもかなり手放してしまったのですが、エンベロープフィルターに関しては手放す気になれず、MU-TRON III+以外にもビンテージのELECTRO-HARMONIXのBASSBALLSやBOSSのFT-2、若干毛色は異なりますがBOSSのSYB-3を今でも所有しています。
90年代半ば、ロンドンに住んでいた頃、毎週月曜日の夜、Acid Jazz/Talkin' Loudのジャイルス・ピーターソンとMo' Waxのジェームス・ラヴェルがレギュラーでDJをしていたBar Rumbaというクラブがあり、そこで毎回行われていたジャムセッションにベーシストとしてレギュラーで参加させていただいていたことがありました。丁度その時期にシンガーのネナ・チェリーが、ヨーロッパ・フェスティバルツアーのバックバンドを探していて、プロデューサーのハウイー・Bを通じ、そのジャムセッションのメンバーがほぼそのままバックバンドとして採用されることになりました。ライブのリハーサルは、当時ネナの自宅があった南スペイン・マラガにて、合宿状態で1ヶ月半ほどかけて行われたのですが、スペインに移動した後に、入手困難だったMU-TRON IIIが再発されたことを知り、ライブでも使えると思い急遽取り寄せることにしました。
夏のマラガは温暖で、ビーチもあり、オリーブオイルをふんだんに使ったシーフード料理が美味しく、とてもゆったりとした時間の流れの中でリハーサルは進行しました。頻繁に訪れることになったネナの自宅では、当時存命だったネナの継父でトランペッターのドン・チェリーにお会いすることもでき、「悪くなってしまった歯が完治し、トランペットが吹けるようになったら新しいアルバムを作りたい。」とネナの夫でプロデューサーのキャメロン・マクヴィから聞いていたので、実現することなく他界してしまったのは残念という他ありません。また、このツアーが組まれる以前より始まっていたネナのニューアルバム『Man』の制作も同時に進行していたのですが、アレンジが固まっていなかった新曲にリハーサルから生まれたアイデアが採用されたり、その流れでレコーディングに参加させていただくことにもなりました。
ヨーロッパ・フェスティバルツアーは2ヶ月程の期間で、約15ヵ国・20公演ほどだったと記憶しています。移動は2階建てのゆったりとしたラウンジも完備した大型ツアーバス2台で、1つの公演が終わると、眠っている間に国境を越え、目が覚めると別の会場におり、自分がどの国にいるのかわからなくなってしまうような状況でした。ツアーの一番の思い出は、何と言っても屋外で何万人もの観客を前にした格別な開放感のあるステージでの演奏ですが、他の様々なアーティストのライブも数多く見ることができ、ステージ裏でもやたらとテンションの高いジャミロクワイのジェイ・ケイから着ていたmoogのTシャツを褒めてもらったり、宿泊していたホテルで待っていたエレベーターの開いたドアから素のジョージ・クリントンが降りてきたことなど、舞台裏のアーティスト達の姿も忘れることができません。もちろん購入したばかりのMU-TRON III+もツアー中しっかり活躍してくれました。
そもそも自分はベースにあまりエフェクターを繋ぐタイプではなく、駆動に9Vの乾電池2本か、25Vの外部給電が必要で、コンパクトエフェクターと言われる機材としてはかなりガタイの大きなMU-TRON III+は、その後あまり活躍する機会に恵まれていないのですが、まるでアルバムの1ページをめくるような思い出が詰まっているこのMU-TRON III+を今後も手放すことはないんだろうなと思います。
興味を持っていただいた方に
MU-TRON IIIの使用例
レコーディングにベースで参加したNeneh Cherry『Woman』