Toyroメンバーのリレー・コラムです。ぜひ、お楽しみください!(代表・横川理彦)
深夜23時半過ぎ。閉店間際のスーパーで買い出しをすることが日課のわたしは、その日も自宅を出て近所にあるマルエツへと向かう。玄関のドアを開けると、わたしの部屋の隣の隣に住んでいる20代半ばの独身男性が女性と一緒に帰宅したところに出くわした。親し気に言葉を交わすふたり。「こんばんはー」と会釈をし、エントランスの方へ歩き始めたその時、背後からふたりのこんな会話が聞こえた。
女性「へー、こういうところに住んでるんだ」
男性「そうなんですよ。中はちょっと汚いんですけど」
それを聞いて、わたしは「えっ?」と思った。
そろそろ0時に差し掛かろうという時間、最寄り駅の終電の時刻を考えると、今この場所にいるということは、つまり、朝までこの場所にいるということだ。そんな状況の中で一緒に部屋へ入っていく男女。これがなにを意味するのかは、それなりの人生経験を積んでいればわかる。人の営みであり、人類の歴史だ。「みなまで言うな」だ。わたしが気になったのはそんなことではない。男性の言葉遣いに引っかかったのだ。
「そうなんですよ。中はちょっと汚いんですけど」
えっ、敬語?ってことは、あいつ、今夜どこかのタイミングで彼女への口調を敬語からタメ口に切り替えるの?えっ、どのタイミングでタメ口にするの?
というか、そもそも、片方がタメ口で片方が敬語のカップルがこれから一夜を?という時点で想像力を搔き立てる要素が詰まっていてすごい。「ふたりはどんな関係なの?職場での先輩と後輩とか?えっ、その関係性のまま今の状態なの?じゃあ、そうなるまでにどんな流れがあったの??(ここまでの思考時間:約0.3秒)」
買い物を終えてスーパーから自宅へ戻る。さっきふたりがいた場所を一瞥し、自分の部屋の鍵を開ける。冷蔵庫の整理を終わらせ、スーパーで買った炭酸水のペットボトルを片手に仕事用のPCを立ち上げながら考える。
あいつ、今頃もうタメ口になったかな。いや、まだかな…
そうだ、こんな夜は音楽を聴こう。その時々の気持ちに寄り添ってくれるサブスプリクションサービスは有難い。「恋の始まり 敬語 タメ口 切り替え」で楽曲検索ができれば良かったが、それはできないので、ふと思いついた初々しいラブソングを流す。
---
~
素晴らしく輝く夜 どうかこのままで
帰り道 ずっと顔が火照っている
あなたにバレてしまったかなって考えている
私はあなたと出会って魔法にかかってしまった
---
恋の話はいつだってありきたりだ。ありきたりなはずなのに、いざ自分に降りかかると"特別"になる。恋にはそんな魔法のような力がある。今夜、あのふたりが特別な夜を過ごせるよう、そしてそれが特別な恋の始まりになるよう、隣の隣の部屋に住むわたしも願ってやまない。たまたま隣の隣の部屋に住んでいるというだけなのだが、まあ、これもなにかの縁かもしれないし…。そんなことを考えているうちに、いつの間にか手に持ったペットボトルは空になっていた。目の前で光るPCの画面を眺めながら思う。
あいつ、そろそろタメ口になったかな…